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しばらく読んでいなかった人が、また読みはじめるとき

通読計画が崩れたのは意志の問題ではなく、たいていは大きさの問題です。創世記1章から始めない、という選択を含めた、気まずくない再開のしかた。

しばらく読んでいない、という状態には、たいてい少し気まずさがついてきます。読んでいた時期があるほど、そうなります。そして気まずさは、再開を先延ばしにする方向にしか働きません。

このページは、その気まずさを取り除こうとするものではなく、気まずくても始められる形を渡そうとするものです。責める言い方はしませんし、急かしもしません。引用は King James Version(パブリックドメイン)を英語のまま挙げ、意味は日本語で説明します。

なぜ前回は止まったのか

原因を人格に求めると、たいてい間違えます。よくあるのは次の四つです。

全か無か

「毎日読む」と決めた計画は、一日飛ばした時点で壊れます。壊れると、続けるより「来月からやり直す」ほうが自然に見える。そして来月からやり直した計画は、また同じところで壊れます。壊れやすいのは意志ではなく、設計のほうです。

一月に始めて、二月に止まる

一年通読はたいてい創世記から始まり、出エジプト記の後半あたりから記述が急に細かくなり、レビ記で止まります。ここで止まる人が非常に多いのは、その人たちの問題ではなく、順番の問題です。聖書は前から順に読むように編まれた一冊の本ではなく、種類の違う書物の集まりです。

生活に合わない大きさだった

一日三章という設計は、一日三章ぶんの静かな時間がある生活を前提にしています。その生活が終わったなら、設計のほうを取り替える必要があります。同じ設計を根性で通そうとすると、失敗の記録だけが増えます。

引っかかったまま置いてある箇所がある

これは語られにくい理由ですが、実際にはよくあります。読んでいて納得できない箇所、暴力的な箇所、当時の社会制度をそのまま前提にしている箇所にぶつかって、静かに閉じたまま、というもの。これは怠慢ではなく、むしろ真面目に読んだ結果です。

罪悪感は動力にならない

短期的には動きます。数日は。ただ、罪悪感で動いているうちは、読むことが「返済」になります。返済は先延ばしされるものですし、返し終わることもありません。

もう一つ実際的な問題があります。罪悪感で開いたときは、たいてい頭に入りません。義務を果たしに来ているので、読んでいるようで読んでいない。それが続くと「読んでも何も残らない」という結論になり、今度はそれが次の理由になります。

交換したほうがいい前提はひとつです。読むことは差し出されているもので、負っているものではない。

創世記1章から始めない

再開のときに前回と同じ入口を使うと、前回と同じところで止まります。入口を替えてください。

一巡することは、いまの目的ではありません。いまの目的は、また開くことです。

単位を下げる

一日一章でも大きすぎるなら、一段落にしてください。一段落でも大きいなら、一節でかまいません。

これは妥協のように見えて、実は続くかどうかを決めています。小さい単位は、疲れている日にも成立します。そして小さい単位で開いた日は、たいていそのまま少し先まで読みます。逆に、大きい単位は、成立しなかった日をそのまま「読まなかった日」にしてしまいます。

それから、時刻ではなく既にある動作につないでください。「歯を磨いたら」「座って最初の一口を飲んだら」「布団に入って携帯を置く前に」。時刻は出張や当直や育児で簡単に壊れますが、動作は壊れません。

退屈な箇所と、引っかかる箇所

退屈な箇所

飛ばしてかまいません。系図や、幕屋の寸法や、土地の割り当ての一覧を最初の再開で通過しようとする必要はありません。それらに意味がないという話ではなく、いまのあなたの入口ではない、という話です。あとで戻れます。

引っかかる箇所

こちらは飛ばすというより、そのまま置いておく、が現実的です。納得できない箇所に無理やり納得しようとすると、読書全体が交渉になってしまいます。

知っておくと少し楽になることが一つあります。あなたが引っかかっている箇所のほとんどは、何百年も前から議論されている箇所で、しかも複数の読み方が並存しています。答えが一つに決まっていないまま読み続けている人は大勢いる、ということです。分からないまま持っておく、というのは怠慢な態度ではありません。

一人でやらなくてもいい

誰かと一緒に読むと、続く確率は上がります。理由は単純で、約束があると開くからです。

ただし、進度を報告し合う形にすると、また採点になります。「今週読んだところで何か引っかかった?」くらいの雑さがちょうどよく、読めなかった週があっても何も起きない、という了解があるといい。

そのまま使える再開の手順

  1. 前回の計画の続きからは始めない。区切って、新しい入口を選ぶ。
  2. 短い書をひとつ選ぶ。マルコ、フィリピ、ルツ記、ヨナ書のどれか。
  3. 一回の量を、やりたいより小さく決める。一段落で十分。
  4. 毎日必ずやる動作の後ろにつなぐ。時刻には掛けない。
  5. 飛ばした日は埋め合わせない。翌日そのまま続ける。
  6. 引っかかった箇所は置いておく。決着させない。
  7. その書を読み終えたら、次を選ぶ。まだ一巡のことは考えない。

Glow の場合

再開の道具としてのGlowは、たぶんこういう位置にあります。一画面に一節だけなので、開くのに要る気力がとても小さい。それが要点です。読めなかった時期のあとで、いちばん高い壁は最初の一回を開くことだからです。

そして、そこから先に進めるようにしてあります。聖書全巻がアプリの中にあり、マイページから入れるので、一節から章へ、章から書へ、そのまま行けます。上に書いた「短い書をひとつ」は、アプリの中で完結します。通信はしませんし、アカウントも要りません。

マイページには、開いた日を記録するマス目の並びがあります。記録するだけです。目標もバッジもなく、途切れても失うものはなく、戻ってきたときに何か言われることもありません。そして通知は出せません——機能そのものがアプリに入っていないので、二か月あけて戻ってきても、待っている催促はありません。

最後にひとつ。読めなかった期間は、埋め合わせるものではありません。ただの期間です。

よくある質問

聖書を読むのを再開するとき、どこから読めばいいですか

前回止まったところの続きからは始めないほうがうまくいきます。短い書をひとつ選んでください。マルコによる福音書、フィリピの信徒への手紙、ルツ記、ヨナ書あたりは短くて終わりまで行けます。一巡することはいまの目的ではありません。

通読計画が毎回レビ記で止まります

そこで止まる人は非常に多く、順番の問題です。聖書は前から順に読むように編まれた一冊の本ではなく、種類の違う書物の集まりです。通読が目的でないなら、順番のほうを替えてかまいません。

一日飛ばすと、そのままやめてしまいます

全か無かの設計になっているのが原因です。一回の量を一段落まで下げ、時刻ではなく毎日必ずやる動作の後ろにつないでください。飛ばした日は埋め合わせず、翌日そのまま続けます。

納得できない箇所があって読み進められません

無理に決着させないほうがいいと思います。引っかかりやすい箇所のほとんどは何百年も議論されていて、複数の読み方が並存しています。分からないまま持っておくのは怠慢な態度ではありません。

しばらく開いていなかったアプリを開くと、責められませんか

Glow に関しては、責める仕組みがありません。開いた日を記録するマス目はありますが、目標もバッジもなく、途切れても失うものはありません。通知機能そのものが入っていないので、待っている催促もありません。

一節だけ、まわりを空けて

Glow は画面に聖句をひとつだけ、静かに置きます。訳は King James Version、World English Bible、中国語の和合本から選べます。しばらく眺めても、読み上げさせても、手元に残しても、下に一行書いても、次へ送ってもかまいません。きちんと読みたい日のために聖書全巻もアプリの中にあります。無料、完全オフライン、アカウント不要、広告なし。

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